キイロイ

星乃勇太と宇宙人アイドルと

STAGE THE WORKOUT「朝日のような夕日をつれて」Mver. 2018.11.10-本所松坂亭劇場

終盤に差し掛かるにつれ、役者達の汗が感染るように、果たして汗を流しているのは舞台の上の役者なのか私なのか分からなくなっていました。

 

怒涛の台詞は直接心臓にぶつかって、その衝撃で溢れるのは笑顔かもしれなかったし涙かもしれなかった。

 

しりとり、2020東京オリンピックはじめてのチュウアナと雪の女王とUSA、熱血ボウリング青春ミュージカル、客席で配布されるお茶のティーバック、突然発射されるスモーク

 

混沌の世界に振り回されながら、少しずつ少しずつ、その混沌は暗くて深いものに変わっていきます。

 

4人の大人の中で、舞台を滅茶苦茶に壊して散らかしていた「少年」は、いつの間にか世界を牛耳る存在になっていました。

 

舞台から溢れる熱の洪水に溺れる中で、彼の言葉に手を引かれて、自分の形を認識する場面が何度もありました。

 

暗転。

 

舞台から客の一人一人に伸びていた糸がブツンと切られて、客席照明の中で私は疲労感に包まれるのです。

 

 

 

「少年」を演じたのは、齢21歳の東拓海くんです。

 

少年はいつもとても無邪気に登場します。

「混ぜてよ」「遊んでよ」「構ってよ」と、屈託のない笑顔で、心底はしゃいで。

少年には過去も未来もなくて、ただひたすらに今を生きているようです。

 

しかし、高いテンションで矢継ぎ早に繰り出される、出鱈目に組み替えられた時事ネタも、まるでその先が予想できない行動もおもしろいのに、心から愉快な気持ちになれない気持ちの悪さがありました。

 

その無邪気の向こうに、得体の知れない恐怖があるような気がしてならないのです。

 

それは、私が何年も人間社会のコミュニティの中で生きることによって植えつけられた社会性や常識を超越してしまったモノへの恐怖に感じます。

 

「少年」は「医者」へ「E」へとその役割が変化していきますが、「少年」の底に沈んでいた恐ろしさが湧き上がって変わっていく、自然で見事な豹変でした。

 

東拓海が持つ天性の「サイコパス」感が、知れずと役にその裏側を匂わせるのでしょうか。

トークイベントなどで見る限り、なんだかトボけた好青年って感じなのですけどね。

 

私がこの舞台を観劇した理由は、かつての小劇場ブームを代表する劇団のひとつである「第三舞台」の演目への興味もありましたが、第一は『おとぎ裁判』でジュードを演じた東拓海くんの芝居をもっと観てみたいと思ったことでした。

 

ジュードがとても好きだった分、別の舞台で彼を観ることに不安もありましたが、観劇して心底、この舞台に立つ東拓海を観ることができてよかったと思います。

 

「なにが、出番は少ないけど物語の要になる役だからだ!」

「なにが、未来の小劇場界を担う東くんにぴったりの役だからだ!」

と喚く姿にはめちゃくちゃ笑ってしまいましたが、彼が担う小劇場界の未来を、私も見てみたいと思ってしまいました。

 

 

 

Facebookが存在しない世界から存在する世界へ、2018年の私たちは、生活環境の変化に対応する為の進化を遂げた人類です。

 

 

ソーシャルネットワーキングサービスが人間関係を希薄にしたわけではない。

かといってそれが、人間の結びつきを強めたわけでもない。

 

手紙が生まれても

電話が生まれても

ポケベルが生まれても

メールが生まれても

mixiが生まれても

 

決して何者にもなれない私たちの、でも絶対に自分が唯一の価値ある人間だという自意識は膨れ上がり、SNSでの拡散が続けられます。

私が私であることを失くさない為に、考えるという行為を止めることができず、大量の人間と簡単に繋がれる世界の中で、やはり私は”ひとり”になっていくのです。

 

倒産寸前のおもちゃ会社が開発した究極のゲームは、ノスタルジィの世界で自己を全肯定する存在「ソウルメイト」を探すVRゲームでした。

 

精度の良いVRゴーグルと莫大な個人データで桁違いの没入感を持つゲームが生まれると、興奮気味に語られるその”おもちゃ”に私は胸騒ぎを覚えました。(そしてこの胸騒ぎは、このゲームを与えられたみよ子が遺した言葉によって確信に変わるのです)

 

誰からも傷つけられないことを、誰からも否定されないことを、自意識が完全に守られることを、生きる目的が示されていることを、望んでいるはずなのに、それがバーチャル世界で叶うとなると否定したくなるのは何故なのでしょう。

また得体の知れない未来が自分の手と関係のない場所で作られてしまうことに怯えるのでしょうか。

 

この演目の初演は1981年だそうです。

その後、何度も再演が繰り返されていることも聞きました。

 

どんな時代背景に生きた人間も、少なくとも、敢えて小さな劇場で小難しい演劇を作りたい、観たいと思う人間の、思想の根底にあるものは変わらないんだなと思うと不思議に感じます。

 

 

 

ゴドーは来ませんでした

「みよ子」は遺書を残していきました

 

でも、私は、この怒涛に交差した世界線がある一点へ、きっと舞台も客席もない世界へ収縮していく中で、絶望したりはしませんでした。

 

混乱と混沌が過ぎ去った後、最後の言葉は最初に聞いた時よりも立体的に響きます。

 

そしてこの台詞は、浮かび上がった彼の顔と共に心に鮮明に焼き付いて、今でも私の身体を駆け巡り、“立ち続ける”つま先を震えさせたりするのです。

 

朝日のような夕日をつれて

僕は立ち続ける

つなぎあうこともなく

流れあうこともなく

きらめく恒星のように

立ち続けることは苦しいから

立ち続けることは楽しいから

朝日のような夕日をつれて

ぼくはひとり

ひとりでは耐えられないから

ひとりでは何もできないから

ひとりであることを認めあうことは

たくさんの人と手をつなぐことだから

たくさんの人と手をつなぐことは

とても悲しいことだから

朝日のような夕日をつれて

冬空の流星のように

ぼくはひとり

 

MANKAI STAGE 『A3!』 〜SPRING & SUMMER 2018〜 2018/11/4@天王洲銀河劇場

主人公は、2人のリーダー。

周りを巻き込みながら成長していく春組リーダーの咲也と、周りに背中を押されながら成長していく夏組リーダーの天馬。

 

この対照的な2人がふたつのストーリーの中で対比的に描かれていました。

 

2人が対峙するのは、寮の廊下ですれ違う場面だけ。

先に春組の公演を成功させた咲也のリーダーとしての振る舞いが、天馬にとっての「正解」にはなり得ないことを示す印象的な場面でした。

 

2人はそれぞれのチームの中で、それぞれにしかできない形で、かけがえのないリーダーに成長していきます。

 

その集大成が劇中劇。

意外に見応えのある物語の中で、チームの成長をまじまじと見せつけられました。

開演のベルがなった瞬間、天王洲銀河劇場はMANKAI劇場に、私はその劇場を埋める客の1人に、景色が変わって見えます。

次元や空間を越えるような感覚に心が震えました。

 

 

本当は“カントク”としてこの世界に関わることができるような仕掛けになっているのですが、客席中に「カントク!」と呼びかける演出の中で、“カントク”に成り切ることは私には少し難しかったです。

 

“カントク”を概念ごと抹消してしまうと真澄くんのアイデンティティが根こそぎ奪われることになるので、このカントクの残し方は最善策なのかなぁと思います。

 

カントクがいない世界線では真澄くんは左京さんあたりに一目惚れするのでしょうか。

後々めちゃくちゃややこしくなりそうですが、それはそれでめちゃくちゃおもしろいですね。

 

シトロンの忠誠のキスは支配人か、物語的には咲也くんに注がれるのが無難でしょう。

大和さんのシトロンなら当たり前にスマートにやりそうです。

 

 

今回特に楽しみにしていたのは、古谷大和さんと本田礼生くんの共演でした。

 

組は違えど、この2人が舞台の上で顔を合わせてはしゃぐ姿を見るのは、本当に本当に嬉しくて、そして考え深いものがありました。

 

シトロンを演じる大和さんも、三角を演じる礼生くんも、癖のあるキャラクターながらその自由さを活かし、細かな遊びをたくさん入れていて見ていて楽しかったです。

 

 

MANKAIカンパニーを守るために、左京さんから提示された条件の一つが、「春組の公演を行い千秋楽を満席にすること」でした。

 

簡単に叶ってしまったそのハッピーエンドと、それを簡単にチケットがソールドアウトしたこの舞台の上でやられてしまったことに、報われないなぁと思いました。

 

半分も埋まらない客席とそれを埋めるために招待客が集められた舞台も

特典に握手をつけなければ売れないチケットも

アフタートークの為に呼ばれた出演者ではない役者達も

早々に買い揃えた公演のチケットをさらに買い足して友人に配る私も

 

そんな薄汚れたリアル、現にチケットが売れているという説得力まで持ってしまったキラッキラッのファンタジーの前じゃ、全く歯が立たないですね。

 

 

例えば同じ役者で、同じ演出家で、同じ脚本家で、同じ“劇団”が題材で、オリジナル作品だったら、亀田さんの本なんだからおもしろくないわけないし、誰かにとっては生涯忘れられないくらいの舞台になっていたかもしれない。

でもそうしたら、6月から11月までのロングラン公演も京都公演も組まないし、天王洲銀河劇場は毎回満席になんてならないし、千秋楽ライブビューイングは行われないし、オランジーナはスポンサーにつかなかったでしょう。

 

おもしろい演劇を作れば、役者が観客を楽しませようと頑張れば、客席が埋まるなら、私が見てきた空席はもっともっと少なかったはずです。

 

 

 

この、MANKAI STAGE 『A3!』が、エーステで初めて演劇を観た人や、2.5次元舞台しか観たことがない人の、他の舞台へ足を運ぶきっかけとなることを願っています。

推しの初主演と向き合った日の記録・演劇集団イヌッコロ「オタッカーズ・ハイ」

日本一地味な若手俳優だと思っていた我が推し、星乃勇太さんが初めて主演を務めた作品、イヌフェス第3弾 演劇集団イヌッコロ Showcase vol.6「オタッカーズ・ハイ」が先日無事に全公演を終了しました。

 

今まで舞台に通う中でこんなに、「無事に幕が開いて、無事に幕が閉じますように」と願ったことはないくらい。

某さんの“いっぱくふつか”に便乗して竹島の神社で成功祈願まで行いました。

前売りチケットはほとんどsold out、小さな劇場だけれど毎回満席になって本当に良かったです。

 

 

芝居に関しては、わたしはある時期から星乃さんに絶対の信頼を置いているので、主役を演じるということも不安は全くありませんでした。

しかしそれ以外の面、座長挨拶とか、現場の雰囲気作りとかも座長がやるのかなぁとかはもうめちゃくちゃ心配していました!少しでも星乃さんを知っている人なら、得意じゃなさそうなの分かると思いますが。

今回は座長といえど、演劇集団イヌッコロにゲスト俳優として呼ばれた形だったので、その点は良かったのかなと思います。

座長挨拶なんて、残り3公演でようやく始めましたから。

心配を他所にうまいことやってくるだろうと思っていましたが、思っていたよりもぜんぜんダメでしたね!!

しどろもどろで共演の役者に「締めんの下手だな!」と言われていたのには笑いましたが、作り込んでこない挨拶に、星乃さんがこの空間を少なくともアウェイとは思っていないことが伝わって少し安心しました。

 

 

オタクを甘やかさないことに定評のある星乃さんですが、今回はかなりファンを意識して行動していたように感じます。

祝い花のプレートにサインやメッセージを書いてくれたのは初めてですし、物販のランダムチェキも毎日撮ってかなりの枚数に落書きしたりシールを貼ったりしてくれていました。

祝い花との2ショットをランダムチェキに混ぜオタクを混乱に貶めたのは、優しさが暴発した感じでめちゃくちゃ可愛いです。

2年前「ご町内デュエル」の際の、容赦無く自分の顔をぶった切った祝い花コラージュ画像に続き、新たな伝説が生まれました。

 

 

「オタッカーズ・ハイ」は、オタク研究会が部の存続をかけ学祭でアイドルライブを企画し、成功させるために奮起する物語です。

アイドルにドタキャンされ唯一の女子部員・堤を替玉として立てたことによる勘違いが生むコメディであり、部の後輩である堤と主人公・柳井の成長物語でもありました。

先輩たちの底力や堤の変化を受けて柳井が成長していく姿は、今まさに上昇途中の星乃さん自身の姿にも重なりました。

 

星乃さんも言っていたように、柳井は人の行動を受けての芝居が多い役でした。

そして観客の感情は柳井が見せる感情によって定義されます。

そうやってある意味柳井によってオタ研に振り回され、その柳井の底力に驚かされ、成長に泣かされる物語はとても気持ちよかったです。

 

小劇場の、本当につま先に舞台があるような劇場で芝居を観ることができたので、表情も声も汗も堪能することができました。

定評のあるコミカルな芝居も、メインになる時とサブになる時の緩急があって、それぞれの場面で最大に面白い表情を見せてもらいました。

 

そんな中で1番心に残ったのは、オタ研を守ろうと自治会会長に土下座をする場面です。

喜怒哀楽では分けられない微妙な表情からその心情がありありと読み取れて、心にツンときます。

何もできなかった柳井が、がむしゃらな脱皮を見せる温かい場面です。

 

 

柳井が変化を見せる最初のきっかけとなるのは堤の変化でした。

チームAで堤を演じた伊藤佳織さんは、彼女の芝居が作品全体の雰囲気を押し上げてしまうような、細やかでパワフルな芝居が印象的な役者さんでした。

伊藤さんが今作の堤役で良かったです。

 

客席のオタク達の共感を呼び涙を誘ったのは、チームBニトリ役の岡田武義さん。

オタ芸の技が群を抜いているのと、「杏奈が1番 みんなの1番」「届け 杏奈」という叫びが同じオタクとして心に突き刺さりました。

 

 

 

「楽しかったです」

千秋楽の挨拶で星乃さんのその一言を聞いた途端、なんだかひどくほっとしてしまいました。

星乃さんが自身の初主演と向き合っていたのと同じように、わたしはわたしで“推しの初主演”と向き合っていたみたいです。

 

そういえば星乃さんは、ニトリのオタ芸を好きな場面で挙げていました。

名前を叫ばれる側の星乃さんがこの場面を選んだのは、いつも叫ぶ側にいるわたしからしたら少し意外でした。

劇中ではライブの後、杏奈はニトリに「ニトリさんの声、聞こえたよ」と伝えます。

 

星乃さんの名前も叫ばれてるんだよ、知ってるかなぁ。

声、聞こえているかなぁ。

 

「おとぎ裁判」2018年9月27日-10月7日 俳優座劇場

裁判を傍聴したことがあります。

決められた書面を読むだけの裁判官、突っ立ってる被告人、反論のない弁護士。

静かな法廷の中で、役所の事務手続きのように人は裁かれていく。

この時、目の前の被告人がひとつの人生を背負った“現実の人間”ということも忘れて私は思いました。

 

なんて退屈な茶番劇!

 

 

おとぎの国で、住人たちは「伽」と呼ばれる自分の主君を愉しませる為に裁判を開きます。

 

伽は刺激を求めている。

 

おとぎの国、灯火の館キャッスル・トーチの主で裁判官のアケチも、幼馴染で犬猿の仲の弁護人と検察官ブルーとロブも、それぞれの伽の為に裁判を開き、歌い踊り、時に自分を追い詰めてそのヒリヒリした姿を晒してみせます。

伽が求める刺激的な「真実」の為に、彼らは裁判を演じるのです。

 

思えばおとぎ話の登場人物達も、時に随分と残酷な目に遭います。

お腹に石を詰められ水の中に沈められる狼、暖炉の炎に焼かれる魔女、両足首を切り落とされる少女…

刺激に慣れ、退屈に飽きた自分の姿が、うっすら伽に透けて見えました。

 

館の執事ジュードの呼びかけと、メイドのメロディの導きで、私達は“トーチ”としておとぎの国の住人となります。

 

爛れた蝋燭がふわりと香り、鮮やかな衣装が舞うノスタルジックな裁判所、薄暗い傍聴席にはトーチの焔。

おとぎの国は、その残酷さや抱えた秘密を隠すように、軽やかで美しい世界でした。

 

「裁きは華やかでなくては!」

 

 

ここからは、ネタバレも含めた感想となります。

 

おとぎ裁判は、「ストリップ学園」いちご役でお馴染みのロッキン・ヨーコさん演じるメロディが“現実の世界”の扉から現れて始まります。

メロディちゃんがレコードに針を落とすと、六本木の俳優座劇場は「おとぎの国」となるのです。

 

メロディちゃんは、自己否定キャラの上に成り立ったグラグラの自己肯定がおもしろいキャラクターでした。

無理矢理にでも自己肯定がないと生きていけない強さと弱さが、メロディちゃんには(そしていちごちゃんにも)ありました。

 

そして、彼女が司る「現実への扉」

六本木俳優座劇場の5列目と6列目の通路の先、下手側にある扉です。

おとぎの国の住人が“現実の世界”へ戻る時にも使われて、私達もそこから客席内に出入りします。

現実と虚構が混ざったその扉に心が踊りました。

 

 

最初の被告人はラプンツェル。訴えたのは通りすがりの王子です。

このラプンツェル、本人たちは1人だと言い張るのですが2人だし。本人たちは美女だと言い張るのですがおっさんだし。1人は髭だし。

出落ちとも思えるビジュアルインパクトですが、不思議と見れば見るほど味が出てきておもしろいです。

 

村井雄さんの演出には、初見はポカンとしてしまっても、回数を重ねる毎に堪らなく楽しくなってきてしまう魔法があります。トリックは謎ですが、1回しか観劇しないのは本当に勿体ないです。

 

話を戻します。

 

演劇において、どんなに髭面でもおっさんでも筋肉質でも、乙女なお姫様だと言われたらお姫様だと認識できるし、そう見るべきだと思っています。

まあ彼らは筋肉質なおっさん2人であったのですが(多分…?)、この後“14歳の少年”が麗しい乙女「赤ずきん」として登場する舞台で、ラプンツェルと見ていいのかおっさんと見ていいのか分からないこの混乱はおもしろいなと思いました。

 

 

「大人はみんな嘘つきさ」

 

赤ずきんを演じるのは、古賀瑠くんという14歳の男性の役者さんで、観客はそれを承知の上で、彼に“麗しい乙女”という役割を押し付けます。

 

裁判も終盤、次々と「真実」が明らかになる中、証言台に赤ずきんが現れました。音楽と共に始まった彼(女)のタップダンスは、今まで多くを語ることのなかった赤ずきんが心情を吐露するように激しくなります。

言葉より赤ずきんの心境を表した、心に迫る場面です。

 

そして、赤ずきんは、舞台の上で“14歳の少年”に戻ります。

 

その瞬間、おとぎの国に現実の穴がぽっかり空いたように感じました。

これだけ世界観を作り込み、想像力で創りあげた「おとぎの国」を敢えて壊すことで、「真実」は衝撃的に姿を現したのです。

 

 

通りすがりの王子、そしてドローを演じる小林健一さんは、「マグダラなマリア」のコバーケンぶりにお目にかかりました。

言葉ではうまく言い表せないのですが、動くだけでおもしろい人です。

おとぎの国のスパイスとなっていました。

 

 

ロブとブルーは、幼馴染でライバル同士の検察官と弁護人です。

芹沢尚哉くんの「ベイベェ」(胸にずっしりバージョン)は、胸がざわざわするような気持ち悪さがあります。

いけすかないけど憎めないです。好きです。

ブルーには「グレン」という女性人格があり、時々発作のように入れ替わります。

古畑恵介さんのグレンっぷり、綺麗でやり手のお姉様っぷりには化け物かな?と思いました。

 

 

東拓海くん演じるジュードは、私達トーチに語りかけてくれる優しい(?)執事さんなのですが、その笑顔の底に何か恐ろしさを感じます。

ジュードの裏の顔は後に判明するのですが、それだけではなくて、理解できない怖さがジュードには、というか、東くんにはありました。

「ジュードのJ!」で全力海老反りとか意味分かんないですから。怖っ。

 

普段のジュードが普通にアケチさんのことが大好きな様子も、裏ジュードの暴力性と全く相反していて、ジュードの本質ってどこにあるの?と不安に思いました。

願わくば、アケチさん大好きのジュードでいて欲しいです。

「たまには一緒に寝るか?」とアケチさんに言われてソワソワキャッキャってするの、はちゃめちゃ可愛いから。

 

 

そんなジュードに死ぬほど愛されて眠れない(?)主人公アケチを、古谷大和さんが演じます。

登場シーンの大半が寝不足で不機嫌なアケチさんですが、ポップな曲がかかるとキラキラ笑顔を振りまく姿がスーパーキュートでした。

特に「洗濯ジョイ」の曲が、アケチさんは後方で踊っているにも関わらず、客席までキラキラが飛んできそうなほど可愛いです。

 

アケチの見せ場といえば、2幕「真実」を明らかにしていく場面でしょう。

心優しい狼に、冷酷な赤ずきんに、真実をただ淡々と述べる語り手に、そして、炎に焼かれるアケチ自身に。その表情は変幻自在に入れ替わります。

朗読劇の時も思うのですが、大和さんの小細工のない素直な語りはとても魅力的です。

 

 

アケチ、ブルー、ロブは「キラー」と呼ばれ、それぞれの「伽」の退屈を殺す役割があります。

キラーにとって伽は絶対君主。逆らうことは許されません。

 

ロブの伽相手は、ブルーの別人格グレンでした。

グレンがブルーに戻った後のロブのホッとしたような表情や、急にたどたどしくなるナルシストな発言に、ロブの素直さや優しさが見えます。

 

ジュードはアケチの執事として登場しますが、1幕の終わりでアケチの「伽相手」であることが判明します。

主従関係が入れ替わった途端、子供のように必死さを見せるアケチと、穏やかな表情から一変して苛立ったようにアケチを追い詰めるジュード。

アケチが縋るようにジュードを見詰める姿が堪らないです。

2幕では彼らが目配せをするだけで、2人の間の張り詰めた空気を感じます。

 

それが秘密であればあるほど、伽とキラーの関係性は、耽美でエロティックなものになっていました。

 

 

想像し、壊し、導かれ、突き放され、惹きつけられ、おとぎの世界は創り上げられていました。

この世界には、まだまだ暴かれていない「真実」がたくさんありそうです。

秘密を抱えたモノは美しいけれど、暴かれる瞬間も激しく美しく輝くでしょう。

 

グータラでやる気ゼロの裁判官」と言われながら、アケチの瞳は常に“なにか”を見詰めて黒く光ります。

それは”現実の世界“なのか”おとぎの世界“なのか、他者なのか自分自身なのか、アケチの姿はまだ、蝋燭の煙の向こうに隠されたままです。

彼は、光の方を見ているのでしょうか?

 

舞台『モブサイコ100』〜裏対裏〜 銀河劇場2018.9.13~9.17 / 新神戸オリエンタル劇場2018.9.23

今作の主人公はモブであり、律であります。

私は原作は全くの未読なのですが、前作を観た際にモブの輪郭は律の存在によってより濃くなっていると感じていました。

そして今作、律は大人びた弟、という印象とは裏腹に、幼く素直な中学生でした。

カツラによって変形したテルの頭頂部を「脳がすごく発達していた」と解釈するのめちゃくちゃ素直で可愛くないですか?!

モブに「僕に超能力をぶつけてもいいよ?!」と声を荒げる姿は、どうしても兄に構って欲しくて駄々をこねているようにしか見えません。

このシーンの、松本岳の少し上擦る声が好きでした。

 

他人から見たら完璧とも見える律が、モブにここまで固執しなければならないのはこの2人が兄弟だからこそでしょう。

律が兄のことを「兄さん」ではなく「あなた」と言い換えた後、モブは律に「僕を突き放そうとしたって無駄だよ、だって兄弟なんだから」と言います。

モブのくせに、本質をつきすぎて怖い台詞です。

 

「ある日の影山家」というワンシーンがエンディングの後に差し込まれていました。

スプーンを曲げてしまって困っているモブを律が手助けする何気ないひとコマ。

兄として心の底から律を尊敬するモブと、「超能力でイタズラしちゃダメでしょ」と言いながら、その声はどこまでも優しい律に、あのラストシーンがあった後だからこそ、こんな2人が観たかったんだ、と思いました。

超能力がこの2人の間に当たり前にあったこと、その当たり前を律だけが持っていなかったこと。

優しい世界を見せた粋な場面であり、残酷な場面でもありました。

 

律が超能力を持ったことをモブに告白したとき、律はモブに、唯一のアイデンティティ(と、律は思っていたと思う)を盗られて焦ること、黙っていたことを怒ること、など、正常な拒否反応を期待したと思います。

しかし、モブが放った言葉は心の底からの優しい「おめでとう」だった。

この兄弟喧嘩、モブが”こんな“な所為で律はめちゃくちゃ分が悪いですがどう決着するのですかね??(原作未読)

モブ役の伊藤節生さんへの態度とか、vsなだぎ武の態度とか、松本岳のあざとさが悔しいながら可愛いので、次回作でどう決着がつくかを楽しみに待ちたいと思います。

 

推しの話をしましょう。

今回、星乃勇太さんは生徒会副会長の徳川光と、リコーダーの先っちょをダウジングで探すおさげの女子Bを演じていました。

この女子B、女装に定評のある星乃さんが普通に女子生徒を演じたら可愛くなりすぎちゃうせいか、変なダウジングのロッドを持つに相応しい(?)メイクと表情と発声で、なかなか癖のある子に仕上がっていました。

キャーとか言いながらスカートを自ら捲りあげてパンティを丸出しにするのですが(しかも2度も)、紙おむつのような柄パンティと煮干しのような脚の色気のなさ!

諸事情で作品名は出せませんが、自分の脚をあれだけ色っぽく使いこなす星乃さんが、コメディの文脈ではそれを微塵も感じさせないところに、役者としての力を感じました。

初日こそあまりに驚いて叫ぶのを堪えたもの、毎回拍手喝采がおきてもおかしくない丸出しっぷりだったのですが。

若干引き気味の客席に、パンツごときで引いてんじゃねーよ、っていうかまあまあウケてる「思春期の女ってこえーよなー」って台詞の方がよっぽど笑ってる場合じゃないドン引き台詞だからな?!と、価値観の合わなさに憤慨していました。

後半なんて、イケてる女子Bちゃんのパンティを見る為に劇場入ったと言っても過言ではないです。

見事でした。

 

そして、前作に引き続きメインキャラクターの徳川光。

今作は、徳川さんの信念やそれを真っ直ぐに貫く様子、親友が相手だからこそNOと言える強さなど、彼の格好良さを見ることができました。

「ふっ」と笑うとこなんてめちゃくちゃに格好良くて、もうさっさと塩中に入学してダウジングで徳川さんを探し回りたいくらいです。

圧の強い表情も、コミカルだったりシリアスだったりの使い分けが圧巻でした。

堅いようで様々な表情を見せ、それでもブレない安定感があります。

 

他に気になったのは、オープニングのショウくん。

オープニングで登場時、その一瞬のキメ顔で、彼はいったい何億人の老若男女をモノにしたでしょうか???

永田聖一郎くんは天然紅色ほっぺが可愛いですね。

 

 

全体の感想としては、長い。

 

上演時間は途中休憩なし2時間15分を予定しております、は、長い。

初日から後半飽きちゃったのは相当だと思うし、初日は展開が分からなくて長く感じるけど2回目はあっという間だね、どころかさらに飽きてしまいました。

前作もまあ飽きたけど、今作は起承転結の「起承」までしか無いから間延びしてしまっているように感じました。

むしろ影山兄弟が描かれた今作は、前作よりは見応えがあったですが

 

起承転結の「転結」を残して終わったので、次回作もあるのだろうなぁと思います。

てっきり千秋楽とかで発表するかと思っていました。

推しさんが出たら行かざる得ないから、兄弟喧嘩の続きはそこまで取っておこうっと。

舞台「ひらがな男子」2018.7.20~7.29 @AiiA 2.5 Theater Tokyo

原因不明の大爆発によりバラバラになってしまったひらがな達が、再び文字をこの世に取り戻す為に、いろいろ頑張るおはなしです!

 

脚本をお笑い芸人のバカリズムが書いているということで話題になった「ひらがな男子」

台詞のやり取りや随所に入れられたメタ発言がおもしろかったです。

キャラクターも、既存のキャラ属性に当てはめた画一的な感じでなく、1人のキャラクターが様々な面を持っていて、とても“人間”らしく感じました。

そして何より、その脚本を、役者の方々がのびのび楽しそうに演じているところが印象的でした。

毎公演、その場その場の空気や勢いで台詞のニュアンスが変わって飽きさせません。

キャラクターと、役者の素が出てるんじゃないか?と錯覚するようなギリギリのところをついてきて、演出と役者さん達の力を感じました。

春日兄弟演じる「ぁ」と「ぃ」のけっこう自由な感じがかなりおもしろかったのですが、彼らにはどこまで演出をつけたのでしょうか。

“ああなっている”のではなくて、演出されて”ああしている”のではないかと、ちょっと恐ろしくなるくらい「妙」なところをついてきます。

そして兄弟、はちゃめちゃに可愛い。

「ぃ」の可愛さにはあの星乃さんも目尻を下げていました。それがまた可愛い。

 

もう数えるのをやめたくらい川尻さん演出の作品を観ているのですが、どの作品も、原作の空気感をそのまま舞台で感じます。

再現ではなく、表現として、です。

なので原作が肌に合わないと、よくもこんな作品にわたしの大事な推しを呼びやがって、と思うのですが…

「ひらがな男子」は良い意味で力が抜けたように感じる舞台の上で、推しの芝居を堪能させていただいたので、選んでくれてありがと~って感じです。

 

 

ここからはネタバレも含めた話になります。

 

 

星乃さん演じる「よ」

そんな芝居もできるんだ、と新しい一面を見た役でした。

 

決して派手な言動のキャラクターでは無いのですが、流れるようなゆったりした話し方や基本穏やかな表情で、存在感をしっかり示していました。

 

見せ場は、占いの館で出会った「た」に自分は「よ」だと言い出せず、「う」だと名乗っていた嘘がバレた場面での“逆ギレ”でしょう。

この界隈で、あんなに見事な“逆ギレ”を見せてくれるのは星乃さんだけです。

美しい顔を台無しにしてキレる姿は、威嚇する猿のようでした。狐なのに…

あれだけキレ散らかしているにも関わらず、見ている方はただただ愉快な気持ちで見ていられるのもすごいなぁと思います。

エンターテイナーです。

 

2部はファンサもさることながら、何故「よ」が歌っているのかイマイチ分からない歌詞も溢さず歌い上げていて、さすがこの道のプロでした。

 

それぞれ様々に2.5次元舞台に出演してきたキャストの方々が集結している本作ですが、伊達にいろいろな役を演じてきているわけじゃないな、という貫禄を見せてくれました。

 

他は、「ぬ」が大抵のことを力技で乗り越えようとする感じがツボでした。

「に」は歌が上手で、もう少し歌うところを観たかったです。

「ば」の福島海太くんは、ラスト5分の登場で普通を絵に描いたようなキャラにも関わらず、すごい存在感がありました。

ライブも前説も、1番観客を盛り上げていて、彼もまた、さすがこの道のプロだなぁと思います。

 

そして、「あ」役で座長の佐奈宏紀くんの自由な演技が、この作品のキャラクターの捉え方が他の2.5次元舞台と少し違うことを示していました。

 

バカリズムさんがインタビューで「裏切ります」と言ってるのを聞いたとき、「全身タイツのトカゲ以上のことをしてくれないと、そう簡単には裏切られないぞ」と思っていたのですが、キャラクターに関しては少し裏切られたな、と感じます。

 

最後の「う」のネタばらしが少し長く感じましたが、シリアスな場面も決して真面目なままでは進めず、思わず笑ってしまう台詞が入っていておもしろかったです。

 

1部で歌われるのは、登場するひらがなを使った言葉遊びのような歌詞の曲。

2部はどちらかといえば、ひらがな達のキャラクターにフォーカスを当てた歌詞。

 

どちらも歌詞に意味があるような無いような曲ですが、慣れ親しんだ「いちばんかんたんなもじ」に、心をほぐされるようでした。

 

渋谷と原宿の間にひょっこり現れた「ひらがな」の世界。

優しい世界の無邪気な男の子たちと、楽しく遊べます「よ」

 

ミュージカル「テニスの王子様」青学vs氷帝 2018/7/15マチネ@TDCホール

数多の2.5次元作品がありますが、俳優たちの流した汗がこんなにキラキラ輝く舞台は、やっぱりテニミュだけだと思います。

 

全国大会準々決勝、青学vs氷帝

 

オープニングでは前作の比嘉戦、そして関東大会での氷帝戦がダイジェストで再現されます。

比嘉戦に通っていた観客はそこに青学9代目を見るだろうし、関東大会の氷帝は青学8代目が重なって見えます。

または2ndシーズン、1stシーズンの青学、比嘉、氷帝をそれぞれに重ねるのだろうこのシーンで、今、舞台の上にいるのは、今作が初本公演となる青学10代目。

テニミュの歴史を肌で感じる瞬間です。

 

テニミュは、バックステージを含めてひとつの作品となる、2.5次元舞台の先駆けと言われながら、追従できるものが無い特殊な作品だと思っています。

舞台としての完成度もさることながら、若いキャストのその若さ、「テニスの王子様」という作品が紡いできた歴史、全て含めて「テニミュ」という作品です。

キャストたちは、各校テニス部のキャラクター役に選ばれたと同時に、「テニミュキャスト」という役も背負う、「テニミュ部」という感じだなぁ、といつも思います。

テニミュに「青春体感ミュージカル」というフレーズが付けられたのは、確か2ndシーズンの全国大会氷帝でした。

 

これは余談ですが、ネルケプランニング若手俳優舞台の3本柱が、「テニミュ」「アイドルステージシリーズ」「ミュージカル刀剣乱舞」だと勝手に思っています。

 

テニミュ」のバックステージ的なおもしろさを、舞台パートとして見せたのが「アイドルステージシリーズ」

「アイドルステージシリーズ」の2部構成システム(2部はライブです、というあれ)を、既存のキャラクターを使って行ったのが「ミュージカル刀剣乱舞」ではないでしょうか。

 

 

話をテニミュに戻します。

 

関東大会と変わらぬメンバーでテニミュに「再入部」を果たした氷帝学園

 

関東大会から今日まで、それぞれの場所でレベルアップしていたことを感じました。

 

なんと言っても、この期間で推しと一緒に仕事をした人が氷帝だけで5人もいます。(この場合氷帝もすごいけど、推しもとってもすごい)

 

関東氷帝跡部景吾役三浦宏規くんの身体能力の高さばかりが印象強かったのですが、全国大会では1人1人が印象を残せる役者になっていました。

もちろん、三浦くんのジャンプやターンは、派手な演出など不要なのでは無いかと思うほど美しかったです。

 

個人的に印象に残ったのは、忍足侑士役の井坂郁巳くん。

彼の独特な表情や雰囲気が、忍足侑士にうまく混ざって、今まで見たことのない忍足侑士となっていました。

必死になった忍足は、もしかしたらこういうちょっと「気持ちの悪さ」を持っているのではないかと思った程です。

 

 

青学の注目は、不二周助役の皆木一舞くん(慣れない)

切れ長の目が濃い肌の上で光って、キリっとしたクールでかっこいい不二です。

 

見た目は!

 

一言台詞を口にすると、印象が180度変わります。

 

え?今、小鳥さんがさえずった??

 

零れたふわふわの言葉がTDCホールの高い天井に浮かんでいたし、青学の姫というか妖精というか天使というか、全部ひっくるめて青学のオアシスでした。

 

不二、青学のオアシスでした。

 

声量も滑舌も十分なのですが、声が可愛くて優しいです。

走り方も可愛い!

 

歴代不二には、泣き虫だったり、顔は可愛いけど裏番だったり、腕力最強だったり…

様々なタイプがいましたが、こういう形で見た目と中身にギャップのある不二は初めてです。

 

そして今作品で不二の最大の見せ場である「ヘビーレイン」

今まで、あんなに優しいヘビーレインを聞いたことがありませんでした。

心が浄化されるような歌声です。

そんな歌声に感化されたのか、心なしか雨音も優しく聞こえ、雨の妖精とか出てきて、イブ不二と一緒に踊りだしそうでした。

 

彼自身とキャラクターが馴染んだ時、どんな不二が生まれるのか、次の四天宝寺戦、S3での不二がとても楽しみです。

 

 

思い入れの深い試合はいろいろありますが、今回はD1、大石・菊丸ペアvs宍戸・鳳ペアでしょう。

 

大石が怪我をして離れている間、様々なペアでのダブルスや時にはシングルスで、必ず間に合うと信じて待っていた菊丸

自分よりもチームのために動いてきた大石は、やっぱり菊丸とチームの為に、そして何より自分の為に、不完全でも試合に出ることを決めました。

 

ダブルスでなら、という形で宍戸を引っ張り上げた跡部

チームからは一歩距離を置いているように見えて、誰よりも氷帝を思い、勝って跡部に繋げると叫んだ宍戸

鳳はそんな宍戸を慕い、愚直に勝利を追いかけます。

 

一試合に詰め込んだら崩れそうな程のドラマです。

 

ゴールデンペアは「勝って当たり前」だったペアなので、きちんと描かれる試合は、ペアで出られない試合や負け試合が圧倒的に多い。

菊丸が大石のラケットを制止した瞬間、私は泣きながら「また勝てなかった」と思いました。

たとえ何周目であっても、「負け」を見るのはつらいものです。

 

歴代たくさんのゴールデンペアが上ってきたコンテナに、10代目のゴールデンペアが立ちました。

彼らはこれから「全国No.1」になるゴールデンペアです。

 

かつて、全国大会への切符を手にしながら「自分たちは全国へは行けないけれど」と卒業していった青学がいました。

 

たくさんの夢を繋ぐ「テニミュ

重たいバトンは今、青学10代目が握っています。