キイロイ

ホシノつくヒト

超!脱獄歌劇ナンバカ @六本木ブルーシアター 2017/9/14-9/24

最初はノリが寒く感じて、もうこういうの楽しめない大人になっちゃったんだなぁって残念だったけれど、何度も観劇したせいでまあアリかなとか思っちゃったり。思わなかったり。

舞台としては、主人公(?)のジューゴと「首に傷の男」との因縁を軸に「新年大会」のエピソードだけを切り出していたので、原作もアニメも全く知らないけれど観やすかったです。
その作品が持つ個性とかノリとかはもう合うか合わないかだから仕方ないかなぁ。あれが作品の持つ特徴だとしたら、余すことなく描ききっていたと思います。
ネタを入れたり、多少のハプニングをあえて強調しておもしろさにしたり、そういった演出は慣れるとおもしろかったです。
特にジューゴから九十九へのガチ蹴りの生っぽさが好きでした。痛そう。
でも舞台化する題材ももう少し考えて欲しいなぁとも思います。客層のメインは中高生ではないのだから…大人のオタクはつまらないと感じても推しが出てれば行っちゃうからダメなんですよね。言うほど客入りなかったし、休日も関係者ばんばん来てたし、お見送りとか言い出したし、物販で穴埋めしようとしてる感じ見え見えだったけど。
 
衣装は豪華で、舞台セットも蛍光色で決めててビジュアルは派手でした。
13舎13房の囚人の紹介曲で、コンクリート風のセットに影が映るように照明当てていたのがかっこよかったです。あとパンフレットがなかなかお洒落で個人的に好きです。
若干見た目の個性が先行しすぎてしまっているキャラクターもいました。外見ほど中身が伴わない、キャラの取って付けた感が。
 
推しである星乃勇太さんの役は中国人の少年リャン。大きな舞台で見ることが少ないせいか、いつにも増して顔小さ!細!っと感じました。鮮やかな赤い衣装が白い肌に映えて中性的な美しさ。
アクションも女性的というわけでは無いのだけれど、力強さの中にもしなやかさがあって、とにかく美しい!
メインシーンでストイックさと華麗さを感じられたのでそういうキャラなんだなぁと思って見てたら、次のシーンでは奇声を発しながら登場したのでリャンのキャラは今だによく分からないです。
でも推しのおもしろさはそういうところで出る!
原作のリャンのキャラは分かりませんが、きっと「ストイック」を突き抜けてしまって周りからは少し奇人に見える、という姿が推しの作ったリャンなのかなぁと解釈しました。
リャン、九十九、仁志のシーン、推しの数少ない見せ場なので、もっと自由な姿が見たかったです。推しは器用な方だと思うので、普通にやれと言われたらきっと普通にできてしまうけれど、そうではない一癖を入れてもらえたのは幸せでしたが、推しはもっとおもしろい!
前回川尻さん演出の舞台で推しはラスト15分しか出てこない(オープニングにもいない)という使われ方をしていたので、それに比べたら出番多くてよかったです(???)
テ○ミュも刀○ュも出ていない、見た目も地味なタイプの推しが、2.5次元作品で名前のある役をもらえてることだけでもすごいことだと思うようになりました。
1人だけ歌が無いのは悔しいので歌劇なら次は歌わせてください。
 
他のキャラクターだと双六一を演じていた郷本直也さん。やっぱりあれくらいの貫禄と安心感が無いと、自由にさせてもらえないのかなぁ。
それからウノ役の北園涼さん。最初は苦手だったのですが、おかずの多い動きと独特の喋り方がだんだん癖になりました。
五代大和はキャラクターがズルいです。おもしろいに決まってます。
 
わたしは初日始まった途端「モリのアサガオ」を思い出してしまって乗り切れなかったのですが、何も考えずにその場の雰囲気に身を委ねれば楽しいと思います。
わたしも観劇3回目超えたあたりからそれなりに楽しくなりました!
アーーーーーーーーイッ!!!!!!!

「夏の夜の夢」2017年8月11日〜13日@亀戸文化センターカメリアホール

昨年に続き夏のシェイクスピア@亀戸。

全体的に去年よりポップにラブコメしてて見やすかった。台詞を「その時代の台詞だから」と真面目な顔して流さずに、現代の私たちが自然に感じる解釈で捉えていたので分かりやすい。役の解釈もそれぞれ自由だった。
 
ハーミア・ライサンダーカップルはライサンダーの下心が見え過ぎる。ムッツリで何故か挙動不審。ヘレナに寝返った時、ハーミアへ浴びせる言葉と暴力。あのパックもちょっと引いちゃうクズっぷり。大人しそうな顔して「わたしは今でも綺麗でしょ?」とか言っちゃうハーミアとなかなか良いカップルだった。
去年はライサンダークズじゃんとか思わなかったのになぁ。
 
一方ヘレナ・ディミートリアスカップル。トークショーでディミートリアス役の松村泰一郎くんが言ってたいた通り、和合真一くんのヘレナは「圧がすごい」。押しも強い。腕力も強そう…
特にハーミアを追って森へ行ったディミートリアスに着いて行くシーン。和合ヘレナの表情?話し方?の「妙」さ、全身でディミートリアスへ愛を伝えるちょっとした狂気が、シェイクスピアの台詞回しに「妙」にマッチングしていた。ヘレナがメンヘラのポエマーにしか見えない…
追い掛けられる松村ディミートリアスは逆に小さくて弱そう。デレデレした表情や時々見せる間抜けさ、格好悪さ。2人の凸凹感もおもしろい!
「殺されてもいいからぁ!!!!!」と突進してくるシーンなんて、その勢いでディミートリアスが殺されそう…あくまで「女性として自然に見えるように」とは言っていたけれど、だとしたら和合くんの女性のイメージどんなだよ…
和合ヘレナの圧の所為か和合くんの恋する乙女解釈の所為か、台詞がいちいちリア恋拗らせオタクに刺さる。分かる、分かるよヘレナ。ディミートリアスが世界の全てだよね。見ていないと気分が悪くなるよね。あの人のすること、全て私の所為ならいいのにね。
ディミートリアスと結ばれた後、観劇をするヘレナの"ディミートリアス狂"ぶりも凄い。ディミートリアスの言葉には大袈裟に頷いて、ライサンダーの言葉には氷の矢のような視線を送る。ライオンに物凄く怖がってみたり、ラストシーンで号泣してみたり、メンヘラっぷりも凄い。
去年の夏の世の夢では、役のおもしろさはパックの一人勝ちと思っていたけれど、ヘレナもディミートリアスも、演じ方によってはとても魅力的になるんだなぁと。
 
そんな大好きなパック。今年は古谷大和くんが演じるということで期待大。自由で天真爛漫、子供っぽい素直で純粋な残酷さを持った可愛らしいパックだった。
人間を驚かせたり喧嘩をさせたり賑やかなことが大好き。純粋に「おもしろいな!」とか「不思議だな?」とか、欲望のままに生きていることが伝わる。
妖精の王様オーベロンとの関係性もおもしろかった。オーベロンは、悪戯好きでちょっとお馬鹿さんなパックに手を焼きつつ、出来の悪い我が子を愛おしむように。パックはオーベロンに敬意を見せながらも、すっかり懐いてリラックスしている。親子とも師弟とも言えない優しい雰囲気。オーベロンの脚の間にちょこんと座るパックが可愛い。
基本的には何でも楽しそうだけど、時々コトンとつまらなそうな顔をする。そう思ったら、目の前の人の筋トレや拍手を真似してみてすぐ元気になる。何か楽しいことがあると、妖精の王様に報告しようと思っていた事も忘れてキョトン。アハッ!という笑い方も印象的だった。
瞬間を生きてて掴みどこがない不思議な存在。
ラストシーンの台詞。飛び出す言葉の意味は分からなくても、落ち着いた声と遊びのある言葉が耳に心地よい。
 
推しにもパックを演じて欲しい!是非!!
 
最後の劇中劇では、若手俳優舞台の追っかけを嗜みとする私たちへ、公爵の有難いお言葉が次々授けられる。
「取り柄のないものに取り立てて感謝するのが親心だ」
「出来栄えでなく心映えで見るのだ」
公爵〜〜〜〜!!!!!!
シェイクスピアさんはこの作品どうしたんでしょうね。前作で、ちょっと剣を突き立てたり猛獣に雄叫びを上げさせたりしたら滅茶滅茶叩かれたりでもしたんですかね。その上プロデューサーから急に新人俳優6人使えとか無茶言われたんですかね。
 
ロバ頭に夢中になる妖精の女王ティターニアが可愛くも滑稽に映る。
もしかしたら、私の愛する推しさんもロバ頭かもしれないし、必死に追いかけるのだって、妖精に花の蜜で悪戯されたせいかもしれないね。
アハッ!

導いてくれたのはいつだって、目の前に「存在」してるアイドルだった

大人の「ごっこ遊び」を、出演者の皆様と共にお楽しみいただけますと幸いです。

 
この文章を見たとき、わたしは、なんて素敵なのだろうと思ったのです。大人のごっこ遊び。
わたしが見つけたアイドルは彼らの1つ次の世代でしたが、こんな素敵な遊びを見つけた自分を、少し誇らしく思ったのです。
 
 
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アイドルステージって、2次元とか2.5次元とか、そんなただ流行ってるだけの言葉で片つけられてしまうような陳腐な作品だったっけ?
わたしが今までその小さな箱の中で見てきた出来事は、別世界かもしれないけれど、紛れも無い"現実"だった。喜んだりはしゃいだり笑ったりしたし、泣いたり苦しかったりもした。
だって、目の前のアイドルは呼吸をするし汗もかく。
 
アンプラネットに選ばれた彼らについては残念ながらまだ描かれていないけれど、CHaCK-UPもプレゼント♦︎5も、中の男の子たちはみんな"欠点"を抱えて、世界から少しはみ出していた。
それぞれが持っている雰囲気、ちょっとした「ほころび」を、大袈裟に描いてみせる。
そして、アイドルステージの物語はそれを矯正したりしない。世界の方をぐるっと変えてしまうのだ。
ほころびだらけのアイドルを丸ごと受け入れる優しいアナザーワールドは、きっとそこから出来上がった。
新曲はそんなに上手に歌えない。
振りを間違えて一瞬険しい顔をみせる。
MCを重ねる度にアイドルのキャラは何故か「お友達」に寄っていって、最初は無かった設定を公式で追加せざるを得なくなる。
生だからこそ伝わる癖や雰囲気、隠しきれない緊張や圧倒的な成長。
わたしは彼らの「ほころび」ごと愛おしく思う。
 
 
明らかに流行りに乗ってやろうと分かるようなオタクっぽい絵の中に彼らを閉じ込めてしまうことは、愛おしい彼らを殺してしまうことだ。
どうしてそんなことになってしまったんだろう。
アイドルの「お友達」の中にも、2.5次元で活躍する役者が増えてきた。「お友達」がメジャータイトルに出て名前が売れることで、アイドルステージを取り扱うコンテンツが圧倒的に増えるというのは、前回のミュージカライブで実感した。
ドルステ人口が増えたらいいな、と言いながらも、この明らかに人を選ぶ遊びの楽しみ方を見つけた選民意識はいつもわたしの中にある。(みんなそうだと思ってるけど、わたしだけなのかなぁ)
 
アイドルステージの物語はいつまでも、「はみ出してしまったわたしたち」に優しい世界であって欲しい。
 

ミュージカライブ『アンプラネット-ボクの名は-』6/8-6/18 @紀伊國屋ホール

ポミィのこと、アンプラネットのこと、いろいろなもやもやを残して終わった去年の5月の舞台『アンプラネット』。きっといつかこのもやもやを亀田さんが晴らしてくれる!と信じて1年、ミュージカライブ『アンプラネット-ボクの名は-』が始まった。

 
本来は「知らない」はずの昨年5月の舞台『アンプラネット』ですが、今回その補完がされているので、5月の舞台の内容にも触れながら感想を書いていきます。もし観ていない方がいらしたらDVDを買ってください。あと良かったらミュージカル『CHaCK-UP episode.0』も買ってください!秋葉原アニメイトガールズステーションなどで購入可能です。
 
ちょっとしたあらすじ
離れ離れになってしまった姉さんを探す海王星人のセシィ、エリィ、マーニィ、そして別行動のサティ。姉さんが眠っている宝石「キセキノカケラ」を追って、銀河アイドル選手権の会場に辿り着いた。一方その頃、宝石の運び屋の仕事をしていた便利屋ポミィ。彼の運ぶ宝石こそが大会の報酬、そして海王星人の姉さんが眠る「キセキノカケラ」だった。宝石を取り出して戯れていたポミィに、宝石の中で眠っていたポムリアの魂が乗り移る。
ポミィの身体に憑依したポムリアはヴィーを巻き込んで銀河アイドル選手権に出場することになった。男の身体でアイドルをする姉さんの姿に驚く弟たち。姉さんと再会はしたものの、宝石に戻るのは嫌だと言われてしまう。どうしても姉さんを宝石の中に帰したい弟たちの説得に、ポムリアは条件付きで宝石へ帰ることを約束する。それは、セシィ、エリィ、マーニィ3人がこの銀河アイドル選手権で優勝すること。
3人は、アイドルを目指しながらもなかなか芽が出ないローザ率いる「RABP」のメンバーであるペポ、アビス、ブランの身体に憑依。ポムリアとヴィーのユニット「ダブルワーク」や1000年に1人の逸材と言われるルカルカといったライバル達に挑み優勝を目指すこととなった…
 
 
 
オープニングは海王星人のセシィ、エリィ、マーニィがばらばらになってしまった仲間や姉さんを探しているという歌詞が盛り込まれた曲。
アンプラネットが海王星人であるということは、舞台『アンプラネット』上演当時ビジューの間でまことしやかに囁かれていた。
5月の舞台で不器用に、でも必死に仲間を取り戻そうとしていたアンプラネットの切実さや切なさがこの1曲に詰め込まれ、初っ端から大号泣させられた。
しかし、続く2曲目から雰囲気はガラリと変わり、それどころか後々姉さんともあっさり再会してしまう。ローザと共に歌い、踊ることでいつの間にかアンプラネットの目的は姉さんを取り戻すことだけでなく、銀河アイドル選手権で優勝することへと変化していく。
舞台『アンプラネット』では彼らアンプラネットにとって「アイドル」は仲間を見つけるための手段でしかなかった。
でもドルステのアイドルには、アイドルを夢見て、アイドルであることに誇りと楽しさを感じて、アイドルであり続けて欲しい。それぞれ紆余曲折あれど歴代ドルステアイドル達がそうやって「アイドル」という存在を信じ続けてくれたから、私たちはこの夢のアナザーワールドの中で何も疑うことなく安心してアイドルのファンを続けることができる。
アイドルが目的でしかなかったアンプラネットの主演舞台だからこそ、このミュージカライブはアイドルが主軸だったのだろう。
大会の最後に歌った曲にこういう歌詞があった。
「アイドルはみんなの憧れ 憧れられたら嬉しい 君がいてよかった」
それは本当に儚い夢かもしれないけど、大好きなアイドルにそんなこと歌われたら一生ついて行くしかない!キラキラの笑顔が涙で霞んで、この世のものとは思えない輝きがわたしの目の前に広がった。
 
物語の主人公は便利屋ポミィ。登場するとミュージカルが始まった!と感動するくらいの圧倒的な歌唱力、表現力。
登場曲は2015年に上演されたミュージカル『CHaCK-UP episode.0』(以下エピゼロ)のポミィの登場を彷彿とさせるダンス、相変わらずお金がすべてという歌詞。でも彼の仕事着のポケットにはあの日天王星の皇子から受け取った前払いの「報酬」がきちんと入っている。
続く掃除屋ヴィーの登場もエピゼロを何度も観た者には懐かしい。
そしてヴィーから、ここで銀河アイドル選手権がある事を知らされたポミィが歌う、彼がかつて抱いていた夢を歌った曲。これが登場曲と同じメロディで歌われる。歌詞も、エピゼロでレイが歌った「ドリーム」にオーバーラップして涙を誘う。この一連の流れが本当にずるい。もちろん今作だけでも十分楽しめるが、過去作を観ている人は何重にも楽しめる仕掛けが仕組まれている。
あの時レイにあれだけ強引に説得されても拾うことのできなかったポミィの夢が叶ったラスト
シーン。ドルステミュージカルシリーズの主人公である便利屋ポミィの切ない物語に光が射した。
 
衝撃的だったのがダブルワークのポミリアとヴィー。女子(?)が2人になることで舞台上のバランスがとてもよかった。少し強めのポミリアのキャラも、隣にいるのが完璧なキラキラ女子を演じるヴィーちゃんであることで中和されていた。
ポミリアはディ◯ニープリンセスのような可愛らしさ。そして、掃除屋ヴィーの高いプロ意識に裏付けられたヴィーちゃんのぶりっ子ぶり!オンとオフが瞬時に切り替わり、そのギャップがとてもおもしろい!
 
ARBPは地球人キャストの特徴を生かした、さすが亀田さん!なグループだった。特に印象的なのはペポとブラン。ペポはその特大マシュマロボディでキュートな腹ペコキャラに、現在進行形でどんどん進化している。セシィが憑依した時の豹変ぶりも可笑しい。憑依した時のおもしろさでいったらブラン。憑依したマーニィが「この体すっごく喋りにくいよ!」と苦戦することで、彼の特有のアクセントが唯一無二の個性に変わった。
アンプラネットの5月は物足りなかったそれぞれの個性も、今回は舞台上でイキイキとしていた。イマイチ面白みの無いセシィ(※愛です)も、ポムリアにウザい言わせることで面白みの無さがおもしろさに変わる。
もしかしたら欠点になっていたかもしれないそれぞれの個性が、亀田さんが拾って役に昇華させる事で愛しさに変わっていく。だから亀田さんの物語は誰にでもとても優しい。
 
ラストシーンで便利屋ポミィが、彼を便利屋と呼び、これから行動を共にしたいと申し出るアンプラネットにこう伝える。
「ポミィだよ。ボクの名前は便利屋ポミィ。一緒に来るなら名前くらい覚えてよ!」
この台詞だ。これを、きっと未だに姉さんを探し続けているアンプラネットに分かって欲しかった。君たちが手に入れたポミィは姉さんの器ではない。1つのかけがえのない魂なんだ。それを今回、「全てを分かっている」ポミィ自身が伝えてくれた。
「ポミィ!これからよろしくな!」と屈託無く答えるエリィ。もしかしたらこの熱血で直情的で少しお馬鹿な男の子が、アンプラネットの未来を救ってくれるかもしれない。
 
普段は1対多な舞台との繋がりを、ミュージカライブ中は1対1で感じられる光の仕掛けも涙を誘う。楽しいレビューパートと宇宙人流なお見送り、本当に盛りだくさんで満足度の高いミュージカライブだった。

「to be YOU to be ME 」@新宿THEATER BRATS 5月27日ソワレ

大学生6人+隣人が織りなすシチュエーションコメディ。雰囲気の良いスタジオに作られた小劇場、登場するのは男性若手俳優だけ7人、ストレートプレイで話しは観やすくておもしろい!若手俳優のオタクからしたら羨ましすぎるくらい、わたしにとっては理想的な演劇だった。推しが出てたら喜んで全通するやつ!

 
脚本・演出は亀田真二郎さん。わたしは「ドルステ(ネルケのアイドルステージシリーズ)」と「インスピッ!!(タイムリーオフィスの劇団)」で何度かこの方の演劇を観ていて、今回も脚演が亀田さんだから観に行ったところがある。もともと好きなのだけど、今回は今まで観た中でも1、2を争うほどおもしろかった。
最初は岩義人くん演じるユーヘイに感情移入してしまい少々しんどい。一緒に呑んでいた大学の同期コーちゃん、リョウくん、コダマさん、ヒロシくんにイジられてキレる。そんなユーヘイが苦手なお酒を呑んで寝ている間にユーヘイを除いた4人の中身が入れ替わった。自分だけ入れ替われなかったことに焦ったユーヘイは遅刻しているタカちゃんと入れ替わっていると嘘をついてしまう。汗だくになって、取って付けたようにタカちゃんの真似をするユーヘイ。全く事情の分かっていないタカちゃんが到着してから事態はますます悪化する。2人がコンビニへ消えると場面転換し、時間がユーヘイが寝てしまった直後へ巻き戻って最初のネタばらし。
この場面転換がグッとくる!音楽に合わせて突然機械的に動き出す役者たちが登場人物ではなくなる瞬間。如何にも舞台的な演出に心が踊る。前回の「BGにつぐ!」で見て大好きだったので、今回また観られたことに大感激した。
ここから視点は、入れ替わっていた4人へ移る。実は入れ替わったなど嘘で、ユーヘイを騙す為演技していただけだった。
亀田さんの舞台を観ていていつも悔しく思うのが、この視点を操作されていることに気付いた瞬間。次にユーヘイとタカちゃんが出てきた時はもうしんどさは無い。練習してきたのであろうユーヘイとタカちゃんの不自然な入れ替わりを滑稽に、でも早く本当の事を言ってあげないと可哀想だなぁと見ていられる。
2人の帰宅の前に、冒頭で1度部屋に入ってきたアパートの隣人が再登場する。他人なのに爽やかに「お待たせ」と入ってくる姿がじわじわおもしろい。自然にiPhoneを充電しようとして、とうとう追い出される姿はもう一回観たいくらいだった。
ユーヘイとタカちゃんの不自然な入れ替わりの中で暴走を始めるのがタカちゃんを演じる石田隼(敬称略)。彼の張り付いた笑顔と言葉では言い表せない「妙に変」なおもしろさが120%発揮されていた。もう存在しているだけでおもしろい!石田隼輝いてる!ドルステは特に思うのだけれど、亀田さんの役者の魅力を見つけて役に昇華させる才能にはいつも平伏すしかない。今回唯一よく知る役者だった石田隼が、素以上に素の魅力(?)を撒き散らしている姿を見て本当に亀田さんは天才だと思った。
 
物語も終盤、騙されていた事を知らされたユーヘイ。その後もコダマさんに「残念だ」「サムイ」と言われることにキレて部屋を出ようとする。そんなユーヘイを引き留めたコーちゃんの言葉。
「残念ってそんなに嫌かな?だって残念なのがユーヘイじゃん。残念なユーヘイが俺は好きだよ。」
ここで冒頭のシーンを思い出す。リョウくんが映画「ハル○カ」の話しをしながらコーちゃんやユーヘイに「恋愛映画の裏で、40点の俺たちは人知れず消されとるんや!!」と喚く。その時は「若手俳優使って顔面40点って…」と笑っていたが、ここで繋がった。「40点の君が好きだ。」
亀田さんの舞台は登場人物を「役者」に戻すようなことはしない。客席と舞台の間の壁は決して揺るがないし、半端に崩すようなこともしない。それでも壁を越えたこちら側に、物語を超えたメッセージを送ってくれる。
わたしが見たいのは、若手俳優というだけでイケメンにカテゴライズされてキャラクターを被って動く推しじゃない。顔面は40点でも彼らしい魅力を存分に発揮する姿だ。「40点でも、残念でも、神経質でも、ファンサが苦手でも、それが推しなんだ。そんな推しだから好きなんだ。」
40点の若手俳優を追いかけるオタクに投げかけられる優しいメッセージと入れ替わっていたタカちゃんと隣人の謎を残して物語は終わった。
 
今度は是非、わたしの推しを使ってください。

「昆虫戦士コンチュウジャー 〜ただの再演じゃ終わらない、そうだろみんな!?〜」2017年5月13日マチネ@あうるすぽっと

初あうるすぽっと。座席数300くらいって聞いてたからこじんまりした劇場かと思ったら、ゆったりと座席が作られた広い劇場だった。ロビーも無駄に広い!公共の施設だとこういう贅沢な作り方できるよなぁ。通路より後ろのセンターに座れたせいか観やすかったし、こういう施設もっと積極的に使えばいいのに。

 
昆虫戦士コンチュウジャーが30年の眠りから覚め、地球を守るべく爬虫類帝国と戦ったり戦わなかったりするストーリー。ベタなヒーローショーから始まり、最初は演技もベタなせいか(特にカブト虫)少しダレて「2時間耐えられるか?!」って思ったけど、途中で立て直して結果的にはおもしろかった。(カブト虫に演技は最後までベタだった)コメディを中心に歌わせてみたり踊らせてみたり少し泣かせてみたり、盛りだくさんな上で大団円で終わる感じは『コミックジャック』を連想させる。軽ーい観やすい感じです。行かなきゃ損って程じゃないけど、疲れた心と身体には良いかも。
若い頃の時羽奏を演じる本田礼生くんはとても可愛かった!もとさんも若手ヒーローと並んで一生懸命動く姿が面白くて愛しいのだけど、若いころの礼生くんもその変わらない根本部分が観られた。最初の裏返った返事がもう可愛いくて、おどおど逃げ回る姿、戦わずに解決しようと考えて悶える姿、愛しくないわけがない!ジョーの弾丸に当たり息も絶え絶え話す礼生くん。こんなに優しい子がなんで…と泣けるのと、咳込んで苦しそうで可愛いっていうのと。最後、姫抱っこで連れて行かれる姿まで愛しさが溢れてました。出番は決して多く無いけど良い役だった。
コンチュウジャー達それぞれクズな部分が露呈するのは面白かったけど、個人的にはもっと突き抜けてクズでも良かったかなぁ、と。紅一点の桜田ファミリア明日香と女性幹部トカゲ参謀は対照的で面白かったのでもっと殴り合って欲しかったです。女性が書いたらあそこもっと悲惨だったと思う。体型についてはずっと思ってたから自虐ネタになっててちょっとすっきりした。
 
今作で描き切ってる感じがしたから続編どうなのかな、面白いのかな。実際、コメディってだけでなく、のエピソードがあったから良かったかなぁってとこがあった。軽く笑って泣いて軽い気持ちで帰れるのはとても良かったので、時間が合えば続編も行こうと思います。

ぼくらが非情の大河をくだる時-新宿薔薇戦争- 3月16日〜20日本多劇場Aチーム

分かりやすい芝居ではないので見るたびに役者の演技もわたしの感じ方も変わって、ひとつの文章にするのは難しく、感想というよりはごちゃごちゃとした備忘録になっています。
 
 
白い公衆便所に紅い薔薇の花。こういう世界観好きな人一定数いるでしょ、分かる分かるよ、な舞台美術。そんな場面に不釣り合いな程乱暴で荒々しい言葉がいわゆる「2.5次元俳優」と呼ばれる俳優を通して投げつけられる。親切な舞台に飼いならされた「観客」のわたしはまるで喧嘩を売られているような気分で、容赦なく投げつけられる活字にどうにか立ち向かおうと躍起になっていた。
 
初見から、45年も経って時代背景も政治的思考も全く違うのに、若者たちの焦燥は変わらず共感すら覚えた。
特に父親に対する兄弟の当たりの強さ。永島敬三さんは「殺意は月夜に照らされて」で一度拝見したことがあるけれど、むしろ好感を持っていた役者さんだ。それなのに父親の台詞はすごく不快に感じた。表面上は普通に父親とコミュニケーションをとれている兄の方が「俺たちと一緒にたたかう勇気があると思うか。やつはただのうす汚れた豚だ」など見下げた発言をしているのは、自分が父親側に近づいている恐れを感じている所為だろう。わたしが父親の台詞に不快感を覚えたのもの同じだ。小さな理想も叶えられず舞台の隅に転がっているような「老いぼれ」になりたくないと思う反面、1972年の兄弟から見れば2017年のわたしはむしろ「父親」の側なのだ。その事実がわたしを苛立たせる。短く強く凶暴な言葉と暴力に変わる。兄の父親への嫌悪はそういった感じだった。
兄は弟を殺そうとしていた、それは一度は兄が理想を捨てようとしたことを意味する。それでも捨てきれず、兄は弟を追いかける。かといって、弟の方から近寄られると拒絶する。弟の理想は兄だった。突然揺らいだ理想は弟の混乱を招く。恐らくこの戯曲は、兄弟が一人の戦士として生まれ変わるための殴り合いと殺し合いを描いている。兄弟の敵は「世間」と呼ばれるものだと感じた。実体はない、でも確実に自分たちは不利な状況に追い込まれている。誰かが自分たちを外側から眺め、品定めし、笑っている。でも「世間」って、いったい誰なんだろう。戦士として生まれ変わっても、兄弟の進もうとする未来は明るいものでは決してない。
凄惨な画面とは裏腹に、ラストシーンは少年ジャンプの最終回のような、希望に満ちた爽やかなものに感じた。(これはAチーム千秋楽のアフタートークで明らかになったのだけれど、兄を演じた古谷大和の「希望があって欲しい」という思いが溢れた結果だそう)公衆便所のアンモニア臭と血飛沫と弟の屍体、そんな中に不釣り合いに輝く「希望」は、それはそれでアンビバレンスな美しさがある。それに、役者の解釈云々抜きに、そんな状況で、明るい未来など見えないに関わらず、前に進み戦うことを最善として選択した「本」に羨ましさを感じるのだ。だってわたしは蹴っ飛ばされて転がる「父親」だから。
 
千秋楽、詩人が鮮血を浴び「とっとと失せろ!」と便器に突っ伏すシーン、詩人役の神永圭佑くんが本を破り捨てた時、わたしの心臓は一気に加速した。わたしは興奮していた。2017年の若者が、1972年の言葉を超えた瞬間を目撃したから。